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よわい個体

言語性優位の発達障害で感覚過敏持ちの私がよわいなりに日々を生き延びる記録

コンプレックスの話

雑文

※この文章に出てくる「君」は全てこのブログの書き手=私のことです。自分の話ばっかり聞いてほしいくせに自分のこととして素直に書くのが苦手な私は、よく存在しない第三者をでっち上げて、私のことを「君」として語ってもらうのです。


今日はコンプレックスの話をしよう、君の抱えるコンプレックスの話を。
病的なほど自己肯定の低い君は、コンプレックスなんて数え切れないほど持っているけど今日はそのうちのひとつ「肌」の話をしよう。

君はアトピーを患っている、生まれたときからもうずっと。小児アトピーは大人になれば自然に治るというけれど、君の場合小児アトピーがそのまま成人のアトピーに移行した。数年前に改めて受けた血液検査では、アレルゲンに反応する数値だったかが健常な人の200倍という、わりとありえない数字を叩き出した。医者からは「まぁまぁ悪いアトピーですね」と言われた。

幸運なことに、顔にはあまり湿疹が出なかったし皮膚を掻き壊して色素沈着を起こすこともなかったので、案外君のアトピーは他人からは気付かれにくい。
しかし肘の内側、膝の裏、鼠蹊部や首には湿疹が出ては治まりを繰り返し、何度も掻き壊した結果の色素沈着と色素の抜けがいくつもある。右の脇腹から鼠蹊部にかけては広範囲にレーザーでも消せない色素沈着が散っている。注意して見なければ分からないけど、首にはぐるりと一周白く色素の抜けた線が走っていて、それを見つけた君の昔の恋人は、首を切り離された跡のようだと言った。

今でこそ、ぱっと見ではアトピー患者であることが気付かれにくい君だけれど、一時は道行く人が君を見るとぎょっとしてから思わず目を反らすほど肌の具合が悪化した時期もあった。中学の2年から3年にかけてのことだ。

思春期と呼ばれる年頃、残酷なことを言うようだけれど君は決して美しい少女ではなかった。でもそれを気にしていたのは、君自身ではなく君の母親だった。

君の母親は目鼻立ちのはっきりした自分に似ず、小さな目鼻の地味な顔立ちの君を心配していた。アトピーが治ればもう少し見られるようになると思ったのか、君の母親は実に微妙な民間療法に手を出した。

酸性水を全身に浴びせるという、少し考えれば絶対肌に良くないことがわかるその民間療法を、それでも君の母親は信じて日に2回、君の全身に強酸性水を噴射した。

君の全身の皮膚は爛れ、ずるりと剥けたように真っ赤に腫れ上がった。ひび割れたような分厚いかさぶたに覆われ、そこから血と膿とリンパ液が滲んで熱をもつようになった。

ステロイド剤を使っていた時間が長いほど好転反応が強く、長く出るというその民間療法は、約1年間続けられた。
首の皮膚が特にひどく爛れ、夜も眠れないほど痛んだ。痒みもひどくなり、患部を触らないようにと君の首にはいつもガーゼが貼られることになった。伸ばしていた髪を巻き込んでリンパ液と一緒に固まって貼り付いてしまうので、君は伸ばしていた髪を短く切った。

娘を美しくてあげようという母の思惑とは裏腹に、肌の爛れた君は以前より自分のことを醜いと感じる時間が増えていった。
爛れたところから滲むリンパ液はひどく生臭く、君を憂鬱にさせた。強酸性水を浴びた頭皮も顔も赤く爛れて腫れ上がり、瞼が腫れて君の小さな目は更に小さく、顔の余白は広がって見えた。

君は軽い鬱状態になり、部屋で鏡を割った。それは小さな手鏡から始まり、学校に持っていくための折りたたみの鏡、壁掛けの鏡と続き、とうとう姿見を倒して叩き割ったところでやっと君の母親は、君に強酸性水を吹き付けることをやめてくれた。

連れて行かれた皮膚科で「お嬢さんの肌はいま、全身ひどい火傷を負っているようなものです。強酸性水アトピーを治す力はありません」と告げられたとき、君は母親への怒りと脱力と、もうあの水を浴びずに済むという安堵で思わず泣いた。母親がどんな顔をしていたか、君は覚えていないという。
それから何年も経って、その頃のことを話すと母親は「いくらお金がかかったと思ってるの?ママはミミちゃんのこと綺麗にしてあげようと思ったのに」と言ったので、君は母親に期待するのはよそうと思った。君は何度絶望しても、つい母親に期待してしまう癖がある。それは「娘」という病のせいだと、君は思っている。

酸性水地獄から抜け出した君は、病院の処方薬で爛れた肌を治し始めた。あの水を浴びていたのは1年間ほどだったのに、浴びる前の肌に治すのはたっぷり高校の3年間を費やした。その間に君は男とのセックスを覚えたりもしたけれど、服を脱いで肌を晒すのはいつまで経っても嫌いだった。ついでに君は高校でそれはもう物凄くひどいいじめに遭っていたので、ストレスでアトピーは悪化したし、なんなら円形脱毛症にもなった。

高校生の君には憧れていたものがあった。
健やかな皮膚を持つ女の子の膝裏だ。こう書くと余りにもフェチズムの匂いがしてしまうけれど、それは君にとってなぜか強い憧れを抱かせた。
制服のプリーツスカートの裾と、紺色のハイソックスの間に見える、健やかな皮膚の膝裏には、アルファベットのHのかたちをした皺が刻まれていた。湿疹も爛れもかさぶたさえなく、白くて血管を透けさせているHの刻まれた、女の子の膝裏。
登校中に長い坂を登りながら、君はいつもそれを羨ましく見上げていた。
当然のことながら、君の膝裏はかさぶたと湿疹と色素沈着に埋もれて、Hも血管も見えなかった。

地道に薬を塗り続け、なんとか君の肌は復活した。目立った湿疹は起こらないようになり、身体中にあった傷口はふさがった。
それでも君には自分の肌を恥じる気持ちがあった。いくら傷がなくなっても、君の肌は健やかな女の子の肌に比べれば油分も水分も段違いに少なく、撫でればざらざらと違和感ばかりが手のひらに残るものだったから。
君にとって女の子の健やかな肌は、焦がれても焦がれても手に入らない憧れと憎しみが塗り込められているように、いつだってうっすらと光って見えた。実際に適切な水分と油分を含んだ女の子の肌は太陽をはね返して光るのだ。一方、君の肌を光らせるのにはワセリンの混ざった軟膏が必要だった。手のひらにとって腕や足にひろく塗り伸ばせば、一応光をはね返しはしたが、触れればべたべたと不快で、君はいつも誰がこんな肌触りたいもんかと苛立った。

 

しかしここ数年で君の肌は随分きれいになった。美容皮膚科を併設している皮膚科に通うようになったからだ。それまでに通っていた皮膚科では「湿疹を治す」ところまでしか相談にのってくれなかったけれど、君のいま通っている美容皮膚科では「健やかな肌に近づける」ための治療をしてくれる。君は3ヶ月に1回そこに通い、眠っている間に身体を掻き壊さないための痒み止めの飲み薬と、全身にくまなく塗りこめるためのヒルドイドローション、それから湿疹が出てきてしまったときの強いステロイド剤と、湿疹が治りかけたら使う弱めのステロイド剤、顔や目の周りに塗るための薬をそれぞれ山のようにもらってくる。

何種類もの保湿剤やオイルを駆使して君はいまの肌を保っているけれど、本当に健やかな女の子の肌には一生追いつけないことに気づいてもいる。どれだけ手をかけても、しょせん偽物にすぎないと思いながら、それでも君は今日も肌を撫でる。健やかな肌に近づけることで、誰かに許してもらえる日を待っている。