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よわい個体

言語性優位の発達障害で感覚過敏持ちの私がよわいなりに日々を生き延びる記録

死んだ人の話

死んだ人の話をしましょう。

その人は学生時代に講義をもっていた講師の方で、本業は劇団の主催で劇作家で演出家をしてる人でした。Aさんとしましょうか。

Aさんは私たちに劇作法を教えてくれていて、私はそのあまりにオリジナルな劇作と演出のメソッドに夢中になりました。
私はAさんの講義がめちゃくちゃ大好きで、何をおいても必ず出席していたんですが周りの子たちはそうでもなかったみたいで、最高に人がいないときなんかAさんは私含め5人ほどの学生の前で講義をしていました。毎回短い戯曲を書いて提出する課題が出ていたんですが、全ての課題を提出したのは私ひとりだったのを覚えています。

前期の講義最終日、Aさんは打ち上げを提案しました。来られる人は来なよ、と言って集まったのは私と、もうひとりB子という学生だけでした。
大学近くの居酒屋で、Aさんと3人でささやかな打ち上げを行いました。B子は全くお酒を飲まず、私ひとりAさんと競うようにお酒を飲みました。「バスがなくなっちゃうから」と先に帰ったB子を見送って、Aさんと私はだらだらと話しながら終電前まで飲みました。

Aさんは典型的な才能あるクズ男で、聞いてもないのに自分がどれだけ女性にもてるかという話をしていました。Aさんには奥さんがいて、バツイチで、今の奥さんが前の奥さんからAさんを奪った形の略奪婚で、しかもまだ他に彼女が何人かいるということでした。
しかし実のところ、私も当時Aさんに惚れていたのでそりゃまぁもてるだろうと思いながら聞いていました。

Aさんは全く格好良くありませんでした。ただ、ある種の女だけを強烈に惹きつける電波か何かが出ている種類の男の人だったのだと思います。そして私はその電波をキャッチする類いの女だったというだけのことです。

Aさんの演出法はとにかく役者を精神的に焦らすやり方で、私はそこに果てしないエロみを感じてすっかり参ってしまっていたのでした。Aさんのやりくちがどれだけエロいかと私は学友に何度も力説したのですが、私の説明が悪いのかさっぱり誰からも賛同を得られなかったのを覚えています。

当時私はまだ子供でしたので、もう顔から身体から「Aさん好きです」がダダ漏れていたのでしょう。Aさんは店を出る直前に「俺ね、あなたの書くホン好きだよ」と言いました。私はもう、めろめろに参らないわけにはいきませんでした。(文系をこじらせた私に効くセリフは「頭がいい」と「文章がうまい」です)ああもうこれ完全にやられたい、と酔ってくるくるする頭で思った記憶があります。
しかし当時の私は、小猿のような金髪のベリーショートに膝の抜けたジーンズなんかを履いた、個性的を履き違えたやばめのメンヘラだったのでAさんもさすがに手を出してきませんでした。懸命な判断だと思います。

駅まで手を繋いで歩いて、別れる前にキスをした。私とAさんの間にあった、それが全てです。
その後長い夏休みを挟んで私はしばらく恋と尊敬のマーブルな感情に苦しむのですが、それどころじゃない情報がミクシィ経由で入ってきました。Aさんが治らない病気になった、というものでした。

手が届かないところに行くんだなぁ、と思ったのを覚えています。私が好きだって言うとか言わないとか、そんな次元の話じゃないやと。メンヘラだったので病んだ日記を何度か書いて、いつの間にかAさんから友達削除されていました。懸命な判断だと。

Aさんが退院して新しく芝居の公演を打ったのを観に行ったのが、Aさんに会った最後です。何年前になるんだろう、あの日着ていた服は思い出せるのに、いつのことだったかはよく思い出せません。

白黒チェックの襟の小さなブラウスの上にグレーのスウェットパーカーを重ねて、黒いプリーツスカートを履いていました。足元は黒のエンジニアブーツ。髪はパッツンのボブに伸ばし、色もブラウンに落ち着いていました。金髪ベリーショートよりは多少やれる見た目になっていたのではないかと思います。

終演後のロビーでAさんとベンチに座ってほんの少し話したことは覚えているのですが、何を話したかは覚えていません。意外とそんなものです。私はもうその頃にはAさんをそれほど好きではなかったし、何よりAさんがめちゃくちゃ痩せていたことにびびってしまっていたのでした。

最後に話したことも覚えていないAさんのことを、なぜ今更長々書き連ねているのかというと、Aさんが数年前に死んでいたということをつい先日知ったからなのでした。

古い知人に会ったときのことです。
話の流れで「私、既婚者の狡いおじさんに参っちゃったことならもうあるの」とAさんの名前を出すと、彼は「Aさんね、亡くなったよね何年か前に」と言いました。私は「あ、死んだの。やっぱり」とだけ言いました。彼は重ねて「なんかごめん」と言いましたが、私は本当に何の感慨も抱かなかったのです。

また別の日に、この知人と話していたとき私が「あなたはさ、」と呼びかけると彼は「書き言葉の国の人?会話で二人称が『あなた』なんて黒柳徹子くらいだよ」と笑いました。実際私はポエミーで叙情的な書き言葉の国の人だし、黒柳徹子とお揃いで発達障害でもあるんですが、実際のところは、彼の名前が既に私にとって違う情報と結びついてしまってるので、彼を呼ぶ名前を持ってないというだけのことなのでした。

しかしこの「書き言葉の国の人」という言い回しが案外気に入り、ひとりの部屋でふんふんと反芻していたときふいに思い出したのです。

「俺ね、あなたの書くホン好きだよ」

Aさんも間違いなく、書き言葉の国の人でありました。いつの間にか、影響を受けていたんだなぁと思ってから、そうかAさんの書く不思議なリズムの台詞もエロみ溢れる演出も、もう二度と新たなものは世に出ないのかとやっと思い至り、それは確かに寂しいことだ、と思いました。

死んだ人の話を終わります。