【小説】アイドルと女ヲタの百合
フィクションっぽいっていうか昔に書いた小説。
yukihiroX@峯田凛ガチ恋
【せーとも接触@Eモール①】
俺「りんりん!結婚しよ!」
凛「ゆっきーが石油王になったらねww」
俺「まじで!ちょっと帰って庭掘るわ!」
凛「がんばって^^」
#せーとも #峯田凛
yukihiroX@峯田凛ガチ恋
【せーとも接触@Eモール②】
俺「石油出なかった!」
凛「うっそだぁww」
俺「結婚できなくてもいいからりんりんちゅーしよ?」
凛「無茶振りだーw」
俺「まじでまじで!しあわせにするしちゅーしよ?!」
凛「支離滅裂だよww」
#せーとも #峯田凛
yukihiroX@峯田凛ガチ恋
【せーとも接触@Eモール③】
俺「りんりん!ちゅーー」
凛「出たーwwもうやだぁww」
俺「今日これ最後だからまじでちゅーしようぜ~」
凛「じゃあ今夜、夢の中でねww」
俺「ここで寝ていいかな?」
凛「帰ってwwww」
#せーとも #峯田凛
りんりーん、夢で待ってるぅぅぅ、と叫びながらパーテーションの裏に消えていく【ゆっきー】を見送って、凛は漏れそうになるため息を奥歯で噛み潰した。
白いシャツにグリーンが基調のレジメンタルタイを締め、紺色のプリーツスカート、黒いタイツ、ブラウンのコインローファーにややオーバーサイズ気味のピンクのニットを着た彼女は、アイドルバンドユニット「制服の友」略して「せーとも」のベースと妹担当・りんりんこと峯田凛である。
今日は新曲のプロモーションを兼ねたイベント……ショッピングモールのイベントスペースに作られた低いステージでのミニライブと彼女の苦手な握手会……だった。
男の人って、ていうかヲタって、勝手だ。冗談に混ぜ込めば、いくらでも自分の欲求を押し付けていいって思ってる。普通に考えて「ちゅーーー」とか言いながら唇つきだしてくるなんてめっちゃ気持ち悪いし暴力だと思うんだけど。お金貰ってるから仕方ない、のかな。そのお金だって直接私に入るわけじゃなくて事務所とかいろんなところに抜かれてるんだけど。
ていうかお金払ってるにしても要求高すぎじゃない?なんでここまでされなきゃいけないんだろう。
なんで私、妹担当とかなっちゃってるんだろう。いや童顔だからなんだけど。分かってるけど。でも実際りおちゃんの方が私より年下なのに。ていうかりおちゃんはいいよねフキゲン担当とかゆって塩でも「むしろそれがいい」とか評価されるしなんなのフキゲン担当って。そもそもなんで私ここにいるんだろう、ただ読モやってられたらそれでよかったのに。最近ライブばっかで全然撮影行けてないじゃん。まどかとみぃほちゃんが単独でスタイルブック出すってまじなのかなー誌上投票じゃ私の方が上だったのに。出したいな、スタイルブック、私も。
そんな凛の暗澹たる気持ちをよそに、次々にパーテーションの隙間から凛と握手をしたいファンが現れ、数十秒後には消えていく。
俺のこと好き?好きだよー!(お金落としてくれてるからね)
その髪型より違うのがいいな。えーー、どんなの好き?ポニテ?分かった、覚えとくね!(やるかどうかは知らないけど)
りんりんファンデ変えた?えっ変えてないよぉ?(ていうか私ファンデ使ってないし)
頭の高い位置でツインテールに結ったふわふわに巻いた髪は、凛の翳る表情を隠してはくれないから、ひたすら笑顔を作り続けた。
全ての女の子がアイドルになれるこの時代、ネコも杓子もアイドルアイドルで数え切れないくらいの「アイドル」がひしめくこの状況下で、自分を見つけ出して推してくれるヲタのことを、凛は決して嫌いなわけではない。感謝もしている。しかし、ただただ、男ヲタたちと分かり合えないこと、握手会やチェキの撮影で彼らと「接触」するたびに、感情や肉体を搾取されるこの感覚にいつまでたっても慣れることが出来ずにいるだけなのだった。
ハナちゃんとか琴ちゃんは女の子のヲタが多くていいなぁ。
ミニライブが終わり、ステージ上に握手会用のパーテーションが運び込まれているわずかな時間に、テントのような楽屋のなかで凛は小さく呟いた。その言葉に気づいた「ドラムと男前担当」のハナは、黙ったまま、少し申し訳なさそうな顔で凛の頭を撫でた。赤茶けた髪をベリーショートにしたハナは勿論、黒髪ロングをなびかせる、一重まぶたの大きな瞳が特徴の「ギターと姉貴担当」の琴にも多くの女の固定客がついていた。
なんで私、女ヲタ増えないんだろー…
ハナの手を頭にのせたまま呟くと、振り返った琴が凛の頬を摘みながら言う。
「でも凛にはあの人がいるじゃん、【ひーちゃん】だっけ?あの人好きでしょ、凛」
琴の細い指に頬を摘まれたまま、凛はこっくりと頷いた。そう、凛にも全く女のファンがいないわけではない。
「凛ちゃんごめん遅くなった!」
パーテーションから飛び出すようにして凛のブースに駆け込む一人の女性。
「ひーちゃん!やっと来た!」
握手会用に設えられた長机の端まで駆けるようにして凛は彼女を出迎える。
黒いジャケットに同じく黒のパンツ、白いカットソーにヒールの低いパンプスを履いた、その女性こそが、数少ない凛の女ヲタ【ひーちゃん】である。
凛が彼女について知っていることは少ない。年齢も、血液型も、フルネームさえ知らない。
今日のような週末のイベントにも、仕事着然としたきっちりした格好で現れることが多いので、週末休みでない仕事をしているらしいということがかろうじて分かる程度だ。
他のヲタは自分のことを長々と書いた手紙を寄こしたりするが、彼女の手紙にはいつも、いかに彼女にとって凛が可愛いかということがひたすらに書き連ねてあるだけだった。封筒には、過去に凛がメディアに露出した際の写真がコラージュされていて、まだ「せーとものりんりん」になる前、ファッション誌の水着特集で撮ってもらったビキニ姿の凛がサイリウムの海を泳いでいるように加工された封筒さえあった。
彼女が凛のファンになったのは「せーとも」のメンバーとして活動をはじめてからなので、そうして昔のバックナンバーを探し、手に入れてくれる気持ちが、凛には嬉しかった。
「ねぇ、今日ライブからいた?」
「ごめん仕事押してライブ観れなかった」
「だよね?めっちゃ探したのにいないんだもん」
「ごめん~~明日の対バンはちゃんと朝からいるよ!」
「ライブ夜からだし!」
早口にまくし立てながら凛は【ひーちゃん】の手を握った。
ふたりともの手が熱い。
少し話したところで、握手会をスムーズに進行させるためのスタッフ…所謂「剥がし」…の手が【ひーちゃん】の肩にかかる。凛は鋭くスタッフの目を見つめ、ごくかすかに顎を振ってみせた。この人は、いいの。
「ひーちゃん今日あと何回来る?」
「うーんあと2回?かな?ごめん時間なくて買い足せないや」
「絶対来てね、超待ってるからね!」
「うん、すぐ来るね!」
手を離し、ブースから出て行く彼女を見送る。はしゃいだせいだろうか、体温が上がったようで、太腿の内側につけているバニラの香水が思い出したように香りたつ。
握手会のほんの数十秒で、交わせる言葉はごく少ない。全然足りない、と凛は歯噛みする。
どこに住んでるの、ひーちゃんいまいくつなの、どうして私を推してくれるの。
私のどこが好きなの、こんなやる気ないのに、ベースもそんな上手じゃないのに、どうして私にお金払ってくれるの、私がアイドルじゃなくても好きなの、モデルだけの私でも見つけてくれたの。
ひーちゃん、ほんとうに私のこと好きなの?
聞きたいことも、知りたいことも山のようにあった。でもそのどれもが、余るほどの時間が与えられていたとしても、凛の口からは決して聞けない類のものばかりだった。
握手会も終盤に近づき、凛のブースを訪れる人も途切れがちになってくる。ブースの入り口に人の気配を感じるたび、凛はさっとそちらに目をやる。
「ひーちゃんだよぉ」
「ひーちゃん!」
「さっきさぁ、【ゆっきー】いたよ」
「え、だいぶ前に今日ラスト、って言ってたよ。まだいるんだ」
「【ゆっきー】今日も盲目だった?」
「『ちゅーしよ』ってめっちゃ顔近かった。ちょっとやだった」
「なにそれまじガチ恋名乗る資格ないね。怖かったね」
よしよし、と彼女の手が凛の頭を撫でる。
握手会が始まる前にハナにされたのと全く同じ仕草なのに、凛はどうにもいても立ってもいられない気持ちになった。いまが握手会中じゃなければ、髪を撫でる【ひーちゃん】の手に自分の手を重ねて、そのままほっぺに触ってもらうのに。息苦しくそう思いながら、でも握手会じゃなきゃ【ひーちゃん】には会えないんだ、と思い至り、さらに凛は息苦しく胸を喘がせる。
「…でもさぁ、ほんとあれだね」
「え?」
「あのさ、」
彼女が新しく何かを言いかけた瞬間、ブース内にいる剥がしスタッフに肩をゆるく押された。二人の手がほどけ、そのまま彼女はブース出口を目指しながら振り返り、心細く立ちすくむ凛に声をかけた。
「すぐ来るから!次ラスト!」
もうパーテーションの外に、凛の握手待機列はほぼないようで、本当に【ひーちゃん】はすぐに戻ってきた。
ひーちゃん、と呼んで差し出した凛の両手に【ひーちゃん】はするりと指を絡める。
「さっきの続きだけどさ、【ゆっきー】もさ」
「うん?」
「ガチ恋名乗ってそういうこと言うなら、私だって言っていいよね?」
指の絡む両手をぐっと自分の胸のあたりに引き寄せ、彼女はひとつ咳払いをしてから、凛の瞳を深くまで覗き込むように見つめながら言った。
「だって、私だって凛ちゃんガチ恋だもん」
目をしばたかせ、黙ってしまった凛を見て【ひーちゃん】は少しだけ寂しそうに笑い、ひどくいたずらっぽくこう続けた。
「ね、凛ちゃん。ちゅーしよ?」
「いいよ!!」
勢い込んで前のめりにそう答えた凛に、彼女が爆笑するのと、ブース内にいたスタッフがすっ飛んでくるのとが同時だった。
「よくないよー、アイドルでしょー」
「でも凛、ほんとにひーちゃん好きだよ」
「ひーちゃんもほんとに凛ちゃんが好きだよ」
「ほんとにほんと?」
「ガチ恋すぎて今までガチ恋名乗れなかったくらい好きだよ」
「えっ嬉しい……」
もはや凛は何を鎧うこともなく、何も考えず、感じたままを口にしていた。警戒した顔つきのスタッフが【ひーちゃん】の肩を掴んで凛から引き剥がし、パーテーションの向こうへ彼女の姿が消えていくのを見送ってから「あ、女ヲタに告られてるの見られたって、やばいかな?」と、ようやく思い当たる。
しかし今日、凛の剥がしを担当していたスタッフの顔に凛は全く見覚えがない。
事務所の人間でも、レーベルの人間でもない。おそらく会場であるショッピングモール側の、下手すればこの日限りのバイトかもしれない。
面白おかしく凛の名前と共にSNSに書き込まれでもしたら少し迷惑だが、せーともと凛の名前にそこまで拡散力はないだろう。これがもしも男ヲタとの間に交わされた出来事なら、ユニットの知名度に関係なく炎上していたかもしれないが、女ヲタとアイドルの告白大会には、一部のファン以外食いつきそうもない。
……ひーちゃん、私のこと好きって言った。私も、ひーちゃん好きって言った。じゃあ、もう、動かなきゃ!動かなきゃ、嘘になる!
ふわふわのツインテールを振って、強くパーテーションの向こうを見つめる彼女が、普段めったに行わないエゴサーチから【ひーちゃん】のツイッターアカウントを特定し、告白の本意を確かめるため、直接コンタクトを取るのはこの夜のことである。
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昔書いた小説がメールの下書きから出てきたので載せてみました。
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